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妊娠中退についてまちかが思うこと|「宗教」が消えた今

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こんにちは。まちかです。よろしくお願いします。

 

この記事読んで書かずにはおられなかったの。

 

mainichi.jp

 

完全に「チラシの裏」な記事だとも思うから、「偉そうなこと言って何も言ってない!」ていう批判があっても何も返答できなそうで、なんだか申し訳なくもあるのだけれど自分の思考を文字にしておこうと思うの。

 

お話の主題は「宗教」や「学校」なの。

わたしはもともとキリスト教徒で、数年前まで学校の教員をしていたの。

そういう人間の戯言だと思ってもらえばいいの。

 

わたしは歴史の中で宗教が持ってしまった「他者への押し付け」はとてつもなく嫌いだし、「宗教があれば全部解決する!」とは思っていないの。

むしろ、宗教が現代の問題を複雑にしている部分も多分にあると思うの。

 

わたしが提案したいのは、宗教自体も時代に合わせて変化して、より今の時代と今の人間にあったものに昇華すべきという考え方なの。

 

それはまだわたしの中で言葉になっていないものだし、論理としてもチグハグなのかもしれないけど、たかだか20数年かもしれないけれど、わたしが生きてきた中でほとんど確信に近いものになっているの。

 

ゲゼルシャフトゲマインシャフト

学校の教員をやっていて、学校というコミュニティーが極めてゲゼルシャフト的なものになっていることを身を以て感じたの。

 

わたしは、もともと歴史学の中でもいわゆる教育史を専門にしていたのだけど、

近代に入って国家の力が増してきた時から徐々に教育の持つ意味は変わっていって、決定的な変化は19世紀後半に起こったと思っているの。

 

それは言うまでもなく資本主義が国家の力を借りて拡大した過程の中での話なの。

逆に国家が資本主義の力を借りて拡大したとも言えるのだけど、その辺は今回は置いておくの。

 

とにかく、19世紀から現代にかけて、学校の持つゲマインシャフト的な側面は極めてゲゼルシャフトなものに置き換わっていったの。

 

もちろんだからと言ってそれ以前の学校や社会がユートピア的なものだったとは決して思えないの。

人間の社会はこれまでもこれからも最高でもやっぱりずっと60点くらいだと思うの。

 

だけども人が集まる中でゲマインシャフト的なつながりが消えていってしまうことは、決して良いことではないと思うの。

 

 

子どもの凶悪犯罪と妊娠中退に底通するもの

今回の妊娠中退に関する意見をSNSなんかで見てて、

性教育の失敗」をいう意見があるのを結構発見したの。

それに当然のように「自己責任論」も展開されているの。

 

わざわざ引用はしないけどかなりの数の注目を集めているの。

 

もちろん、そこに原因を求めるのは自由ではあるのだけど、わたしが思うのはそう言う表面的な問題ではない、もっと深い問題が関係していると言うことなの。

 

極めて個人的な意見なのだけど、今回の妊娠中退に関わる問題は、子どもの凶悪犯罪やいじめの問題なんかとも底通するものなの。

 

それに社会が「子どもの存在」を作り出したのだとしたら、やっぱりしっかりと保護することがこの社会の責任だと思うの。

自己責任で片付けてしまうのはあまりにも無責任が過ぎると思うの。

 

「道徳教育」と人間

これは道徳の教科化のときにも散々議論されたものだと思うけども、

上のことを考えるときに、道徳教育の罪は極めて重いと思うの。

 

2つ目に携わった学校で「道徳主任」を経験したわたしは、日本の道徳教育が極めて傲慢な価値観の押し付けであり、子どもたちもその教科としての空洞化に気づいていることをひしひしと感じたの。

 

価値観の押し付けというか、行動ルールブック的なものに感じたの。

ルールということは○と×で判定できるの。

 

その行動は○!

その行動は×!

 

そういうのが明確に判定できてしまうようなものなの。

そこには本来もっとも大切にすべき自分の意思は介在しないの。

人間は本来、自分で考えて行動してて、子どもたちの教育では「どう行動するのが正解か」ではなくて「どう考えて、だからこう行動して、それにはどういう意味があるのか」を問うべきなの。

だけども、学校教育における道徳にその力はないの。

 

もちろんこれはゲゼルシャフト化した学校で広まったものなの。

ゲゼルシャフトな集まりは効率や利益の追求なんかと親和性が高いのだけど、

学校にも時代を反映してそういうものが入り込んでいるの。

 

学校の会社化とも言えるかもしれない。

 

もちろん、それについて「国家権力の個人への介入だ!だから政治をどうこうしろ!」とか叫ぶつもりはないのだけども、どうしてもわたしには馴染めない考え方なの。

 

社会全体に欠けている「自分とは」「よく生きるとは」という問い

とてつもなく極端な話に感じるかもしれないのだけども、「宗教」の喪失を学校「道徳」は埋めることができていないの。

わたしはカトリックだから、宗教に関する敷居が人よりも低いのだろうということは感じているの。

その上での意見なので、全くもって客観的かと言われればそうではない可能性の方が高いと思うの。

 

だけども、わたしのいう「宗教の喪失」は、「神を信じろ」とかそういう価値観が消えたことを指摘しているのではなくて、もっとも根源的な宗教の役割についてなの。

それは「自分の生き方を客観視する視点」が消えたことを指摘する言葉だと思って欲しいの。

 

「悪いことをしちゃいけない」とか「誰かに見られている」とか「自分の正しさが果たして本当に正しいのかどうか」とか

そういう感覚が薄れていることが重要で、本来であれば宗教が埋めていたそういうある種の客観的な要因による理性の維持を今の道徳教育は全くもって保証していないの。

 

これは子どもによる悲惨な犯罪が起こるたびに思うことだし、今回のような個人の生き方に関する部分でもいつも思い出すことなの。

 

そして子どもたちは社会を映す鏡だって言われたりするけど、まさに今の社会にもこの感覚が欠けているの。

   

人間の限界

色々なものが便利になってるし、ある意味、人間はたくさんのものを支配下に置いているの。

だけど実はそのことに支配されているの。

ある種の全能感とか直線的な進歩観とか。

 

それは前時代的なものだと考えられるものを否定し、嫌い、

本来、実は人間が無力である場面でも優位にいるという錯覚を作り出しているの。

 

わたしはその社会が孕む危険性が今まさに目の前に突きつけられていると思うの。

 

ある種の問題が発生したときに「必ず個別に対応する方法がある」と思えてしまうのはその例だと思うし、目の前の課題を別の問題に置き換えて解決した気になってしまうのもその例だと思うの。

 

実はもっともっと深いところに問題が横たわっているの。

 

60点の社会だけど

こうやっていろいろいっても60点の社会はやっぱり60点だし、過去を鑑みればそれは幸福な数字だとも思うの。

だけど、その少しだけ上に、

全体に共有される「他人への親切」や「自分の行動の正しさに疑問を持つ」っていう感覚があれば、もう少しだけ豊かな未来があると思うの。

 

それが一律に「こうだからこうだ」という行動の規範みたいなものを決めてしまっても、それは解決にはなっていないの。道徳教育と一緒なの。

 

だから、宗教が消えてしまった社会で、社会全体に広がるようなそういう内面に訴えかける存在が必要だと思うし、それは決してこれまでの宗教のようなものでもダメだと思うの。

 

「自分を大切にする」という根本的な部分が、何にもまして大切ではあるのだけど、

それを社会の中で共有されうるような感覚にしていくことが大切だと思うの。

 

それは「自分だけが大切」ではなくて「自分もみんなも大切」だと思う感覚で、それが共有される社会こそ、今の時代に「宗教の次の宗教」が目指すべき形だと思うの。

 

最後に

もちろん、今回の妊娠中退の問題が、

わたしの書いたようなことだけで完全に解決するとは言えないかもしれない。

その解決には、

文化的再生産をクリアする社会的な制度の導入が必要かもしれないと思うの。

 

だけど、今の社会とある種の倫理観の間にある絶望的なまでの距離を言わずにはおられなかったの。

 

まちかの小言だと思ってくれていいけど、心のどこかで考え続けてもらえれば幸いです。

 

ありがとうございました。まちかでした。

 

 

権利侵害の「NEVERまとめ」を許すな〜諸悪の根元に関する一考察

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こんにちは。まちかです。よろしくお願いします。

 

あるキュレーター(笑)がランサーズで

「あの人気のNEVERまとめで記事を執筆してください!1記事500円です!バズる記事を書ける人には1記事50円〜のボーナスもあります!」

とか募集をしていたクソサイトNEVERまとめ。

 

※以下、くそくそ言って申し訳ありません。ちょっと怒りが抑えられそうにないもので。

 

インターネットに散らばる情報を集めて、わかりやすく(サイト自体は決してわかりやすくない)まとめるのはいいですが、

金儲けの手段と成り下がり、知的所有権著作権に関するガバナンスもガバガバな、現代を代表するインターネットのキャンサーです。

 

下記に絶対読んでおいた方がいい記事を貼っておきます。

NEVERまとめみたいに、1つのサイトにある情報を切り離し自分たちの利益にするようなやり方はしませんので。

 

www.utali.io

 

カメラマンの方が写真を無断転載され、その取り下げを勝ち取った一連のやりとりとか、第3者ながら本当にNEVERに対して腹立たしい限りです。

www.photo-yatra.tokyo

 

 

会社としてのやり方もクソクソアンドクソ。

anond.hatelabo.jp

 

インターネットの利用者は「ネットリテラシー」と言う言葉を知っている人とそれを深く理解し、実践しようとしている人、

それよりも「ネットリテラシー何それ?」な人の方が多いわけですね。

NEVERまとめを見ると、そう確信せざるを得ません。

 

ではガンガン言いたいこと言っていきます。

 

「キュレーション」の有用性

まずNEVERまとめは、いわゆるキュレーションメディアです。

昨今、キュレーションメディアに対しる批判が相次いでいますが、わたし個人としてはキュレーションメディア(まあ単純に「まとめサイト」なのだけど)は必ずしも悪ではないと感じています。

 

むしろ、「情報化社会」なんて言葉が教科書に載ってるような時代に、「誰かが煩雑な情報をまとめてくれる」と言うのは、非常に有益です。

 

だいたい情報を探すために、ある程度のネットスキルが必要なわけで、それがない人とある人では検索の仕方さえも大きく差がつくわけです。

そんな時に「必要な情報を必要なだけ」提供してくれるキュレーションメディアがあれば、ネットに詳しくなくても自分の必要な情報をネットから引っ張り出すことができるのです。

 

その意味で、ネット界隈のキュレーションは非常に重要であり、優秀なキュレーターは今後ますます必要なわけです。

 

くだんのくそキュレーションは素人まとめ人による素人まとめ記事ばかりのくそみたいなメディアだったんです。

 

言うなればキュレーションメディアという考え方がくそではなく、キュレーションメディアの運営を誤った方向で行ったリッチメディアとかDeNAとかのくそ企業と、くそみたいな金額のお金でくそみたいなキュレーションをしたくそライターがくそだったんです。

 

ただであることをいいことに適当に切りはりするキュレーションメディア

ネット上でアクセス可能な情報はほとんどがただです。

 

わたしは書店やコンビニで売ってる雑誌の編集や執筆をメインのお仕事としていますが、やっていることはキュレーション(情報をまとめる作業)です。

ただし、莫大なコストがかかっています。

情報の取得や情報の信頼性を確保するために取材し、カメラマンさんに写真を撮ってもらいます。

 

たった2ページの記事を書くために、編集さんのお給料、ライターの原稿料、カメラマンさんへのお支払い、取材先への謝礼、デザイン費用、全員の交通費、宿泊費、諸々そう言うものがかかっています。2ページ作るだけでも、何十万円もコストがかかっているわけです。

そこまでやって初めて、価値のある(正誤がはっきりしており、発言者が明確な)情報が雑誌で公開されるわけです。

 

ただし、もし。

ネット上にある情報だけをソースとして記事を書いたり、そもそもネット上にある情報だけを切りはりするのだけであれば、事実上コストはかかりません。

 

このネット上にあるただの情報だけで切りはりしたキュレーションメディア、その代表格がNEVERまとめになるわけです。

 

ハイパーリンク:「無料(ただ)」だが権利が発生している

ネット上にある情報はただのものが多いですが、そこには作った人、書いた人の権利が発生しています。

ネットではそれをハイパーリンクを設置することで、情報発信者の元への経路を作り、権利者に答えるわけです。

 

出版全体が縮小し、ネットメディアが拡大している最大の要因はこのハイパーリンクだと思っています。

 

わたしはこのハイパーリンクという考え方が大好きです。

何より便利です。

 

暇な時にはスタートとゴールを決めて、固有名詞だけでWikipediaハイパーリンクをたどる遊びをしています。

スタート「ディスペンパックジャパン

ゴール「剣闘士」

とかです。その間に開いたページを全部読むことで、なんかだかわからない知識の体型が頭の中に蓄積されていきます。

 

雑誌も早く感覚的に触って情報元に関するさらなる情報を追えるようにしないと、無くなります。

 

ハイパーリンクの良さは、ただ(無料)でありながら情報元(権利者)の権利を最大限に守っている部分です。

もっと情報を知りたい読者は、情報元である権利者のサイトを見ることができます。それは情報元へのアクセスを増やし、権利者の利益につながるはずです。

 

でも。

この便利なハイパーリンクの存在を闇の彼方に葬っているのがNEVERまとめなのです。

 

リンクなしの引用

NEVERまとめはリンクなしで様々な情報を切りはりしています。

 

ちょっと検索してみればすぐに引っかかるNEVERまとめですが、すぐにリンクなしでテキストや写真、イラストを使っているページを見つけることができるかと思います。

 

さっきも言ったけど、ネット上の情報はただだけどそこには権利者が存在しているのです。

 

それを完全に無視してお金儲けをしているのがNEVERまとめなのです。

 

こんなくそみたいなまとめサイトのNEVERまとめに「知的所有権」に関するまとめすら存在するとかお笑いですよ。ほんと。

 

くそみたいなまとめの仕方

さてここからは、リンクなし(著作権侵害)のお話から離れて、まとめの仕方のくそさを書いていきます。

 

1.書き手のモラルハザードと知性の薄弱さ

まずこの記事です。

 

matome.naver.jp

▲批判ポイントは下記で説明するので、決して開かないでください。お願いします。

 

わざわざ【保存版】とかタイトルに書いたくそ記事。

「寝れないときでも眠くなるつまらないサイト」

と銘打って複数のサイトを紹介しています。

 

この中に「青空文庫」が紹介されています。

青空文庫著作権の切れた文学作品を誰でも読めるように有志によって運営されているサイトです。

青空文庫 Aozora Bunko

▲サイトはこちら

 

このまとめで青空文庫の紹介にはただこうあるだけです。

文学は難しいのも多く眠くなりますよね

出典:【保存版】寝れないときでも眠くなるつまらないサイト - NAVER まとめ

 

文学が難しいとか読んでいて眠くなるとか、そういうのは個人の勝手です。

本が好きなわたしでも眠くなる文学作品はあります。

 

ただ、私企業が運営するたくさんの人が見るような広告出稿費250万円のサイトにこういうことを書いて、しかもこのまとめの仕方に青空文庫さんのリンクを堂々と貼るのは頭が沸いてるとしか思えません。

 

2.名文がくそまとめのせいで駄文になる瞬間

ネットの世界には真偽は置いておいて名文や良テキストが存在します。

大分前ですが、2chに投稿された話が小説、ドラマ、映画となる先駆けとなった『電車男』なんかいい例です。

真偽は定かではありませんが、娯楽小説として多くの人を楽しませました。

 

ネット上には名文がたくさんあるのです。

 

しかし、NEVERまとめのくそキュレーションにかかれば、どんな名文もあっという間に駄文に成り下がってしまうのです。

 

それがこのくそのようなくそ記事です。

matome.naver.jp

 

感動する別れの言葉を紹介していますが、この記事に関しては

「” ”」の引用符らしきものを使いながら、その出典が記載されていないものがたくさんあります。

名文風に色々な名言に混ぜて自分で考えた寒い言葉をたくさん書き散らしているわけですよね。

くそにくそを塗るくその上塗りに心が痛みます。

 

「感動」は極めて主観的なので人それぞれではありますが、別れの時に「お前」とか上から目線で謎の講釈を垂れられたら

「おけ」としか思いません。

愛することの意味や、愛される喜びをお前は全部
  教えてくれた。

  別れるっていうこの辛さは知りたくなかったけど、
  お前から全部教えてもらうってのもありかな」

出典:感動する恋愛での別れの言葉 次に繋がる別れの名言 - NAVER まとめ

 

そしてこのくそみたいなテキストが並ぶくそみたいな記事に、名文だと思えるものもまとめられているわけです。

 

こんな私を好きになってくれてありがとう。
お味噌汁がおいしいと言ってくれてありがとう。
こんな私を可愛いと言ってくれてありがとう。
あなたが私を好きでいてくれた事が、私の自信となりました。

本当の出典:

引きずるほど心に残る、別れの言葉・感謝の言葉 - 恋愛相談 解決済み| 【OKWAVE】

 

こちらの言葉OKWAVEに投稿された質問に対して、ある方が過去に彼女からもらった手紙の内容を紹介したものです。

 

ベストアンサーに選ばれているので見てください。

 

もちろん、ネットのお話は真偽不明のものがたくさんあります。

なので、このベストアンサーも当然真偽不明です。

でも素敵な言葉であることに変わりはありません。

テキストの雰囲気、書かれている方の想いが伝わってくるようです。

 

それがNEVERまとめでくそまとめ人の書いたくそみたいなテキストと並べられ、

同格のくそ名言かのごとくなってしまっているのです。

 

 

「やっぱり1番好きな人とは一緒になれないのかな・・・
  お前よりいい女を見つけて1番好きになる。

  だから2番目になったお前と、またつき合えたらいいな」

出典:

感動する恋愛での別れの言葉 次に繋がる別れの名言 - NAVER まとめ

 

これに感動できる感覚ってわたしには一生理解できそうにないです。

 

人並みに恋もしてきたし、人並みに別れも経験してきました。

でもこの言葉に感動することは絶対にないと言い切れます。

 

こんなの言われたら「自己矛盾……」と一言残して家に帰ります。

 

こんなのと並べられたら、言葉の意味は消え失せます。

第一、わたしが名文だと思ったテキストは、ベストアンサーの回答者さんの全部を読んで初めて心にじんわりくるようなものです。

 

NEVERまとめの切り取り方、まとめ方がくそなばかりにかわいそうです。

 

ネットギャングのNEVERまとめを許すな

もはや擁護のしようがありません。

あまりにも酷すぎます。

NEVERまとめが大好きな人もいるかもしれません。

確かにそれは自由です。

 

ただ、それがやっていることの罪深さを今一度考えるべきです。

あまりにも罪深すぎます。

 

わたしはわたしの出来うる限りの方法でNEVERまとめの壊滅を願っています。

 

まちかでした。ありがとうございました。

 

ポリアモリーについてまちかが思うこと

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こんにちは。まちかです。よろしくお願いします。

 

夏だね。いよいよ。

 

わたしは夏が好き。

インドア派のわたしがひんやりしたかき氷を思いっきりお外で食べられる。

この季節はなくてなはらないものです。

 

 

 

 

そんでもって今日の本題はポリアモリーについてなの。

 

きっかけはこの記事

headlines.yahoo.co.jp

 

 

ポリアモリーって何?

簡潔にいえば、関係者の同意のもとで複数の人たちと性的な関係を築くことだそうです。

割とカタカナ語に強いと思っていたのだけど、知りませんでした。反省しています。

 

アフィサイト紹介しているサイトの説明だと下記です。

つきあう相手、親密な関係を同時期に、一人だけに限定せず、全ての関係者が全ての状況を知る選択が可能であり、全員がすべての関係に合意している、という考え方に基づく行為、ライフスタイル、または恋愛関係のことを指す。

出典:https://mdpr.jp/column/detail/1553196

 

言っていることは理解できます。

まぁ、今の日本で広く受け入れられているというか法的に保護される関係は一夫一妻の婚姻関係、なんとなく婚姻外の関係もそれに準じてる感じ。

だからそことは全然違う男女の形だと。

 

わたしは正直言って「気持ち悪い」と思う

最初にわたしの立場を書いておきます。

 

「気持ち悪い」

 

わたしは男女の関係にはかなり保守的な人間だと自覚しています。

 

だからこのエントリーは男女の関係について極めて保守的な人間が書いたものであることをご理解ください。

 

「生理的に無理」と言いたいところですが、

わたしのお家はずっと昔から先祖代々みーんなローマ・カトリックの信徒なので、お家での端々にそう言う教育が入り込んでいたことは容易に想像できます。

そのため、わたしの「生理的」が宗教・社会的に作られたものである可能性が高いです。

なので生物としての本能とかそう言うのではどうなのかわかりません。

 

ただ、明確に言えるのは現時点でこの話を聞いた時「気持ち悪い」と思ったのがわたしの率直な感想です。

 

更にいえば、一部の人たちの都合によって社会全体が歪められようとしているような、そう言うものを感じるまであります。

自由、平等を語っておいて、現状を鑑みるにその実かなりのパターナリズム的なものではないかと一抹の危機感をつのらせているところです。

 

そもそも

そもそも法律に照らせば、男女間の「交際」についてはその定義が曖昧です。

いい例が「結婚」の関係は役所に届け出るけど「交際してます!」って役所に届け出る人はいないです。

婚姻関係や婚約といった関係になければ男女間の交際の形をどうこうするのは、本人たちの自由なわけです。

その関係において「わたしは複数の異性とセックスするから、あなたも複数の異性とセックスしていいよ」という同意を作るのは当事者間でそらもう自由にやってくれればいいわけです。

そこを否定はしないし個人の趣味趣向まで口を出すほどわたしはエライ人間でもないです。

だけど、それによって生じる当事者間の現実的な問題や、そもそもその関係の前提がただただ当事者間の「良心」に依っていて、更にはその「良心」の悪用の可能性を考えた時に、煽り系のメディアが「ポリモアリー女性が増加」とかやってるのは本当に気持ち悪いし、何か言わずにはおられませんでした。

 

matome.naver.jp

▲煽り系メディアの代表格。ささっと加担者(く○ライター)ごと消え失せろ

 

ポリアモリーを肯定的に捉えてみる

何事も肯定的に捉えてみることから議論は始まるのでわたしも肯定的に考えてみます。

肯定する考え方はたくさんあると思うのだけど、「種の保存」とかそう言うことを言い出すのは完全に違うと思っているので別の方向で考えてみたいです。

 

1.法的に根拠のある男女間の身体および財産の独占・分配契約

結婚と言うものに疑問を感じるのはアリだと思います。

ポリアモリーの主張もそういった結婚に対するアンチテーゼ的な意味を少なからず帯びているはずです。

そう考えると、社会が流動化してきて個人の自由や平等といったものがより認められる社会に適した考え方だと思います。

 

実際に専門家(?)の方もこう言っています。

 

それもありますが、常識に囚われずに「思考する力」を持っている方が多いという印象ですね。人が人を独占することに疑問を感じたり、結婚制度そのものについて考えたり。「愛してはいけない人がいるなんておかしい」と思い、ポリアモリーの世界に興味をもったという方にも出会いました。

出典:複数人と同時に性愛関係を築く「ポリアモリー」とは? 浮気や不倫と異なる3つの理由|ウートピ

 

婚姻関係が規定する個人による個人の独占。

確かにそれは極めて独善的です。

婚姻という関係が「法的に根拠のある個人間の身体および財産の独占・分配契約」である以上、「リベラルな社会」においてポリアモリーの主張は支持されうるものであると思います。

 

2.関係者皆の同意

もう一つ。

ポリアモリーの重要かつ肯定できる点は関係者が皆そのことに同意しているという部分です。

一人の人間が複数の人物と性的関係を結ぶことをその人のパートナーも承認している。

そういう状態ができてこそ初めてポリアモリー的な関係が成立するわけです。

 

そうなると、関係者間に不要な不和はありません。

婚姻関係であれば、「不倫」とりますが、ポリアモリー的な関係が構築されていれば、複数の人とセックスすること(無論、性愛に限ったことではないですが)にインモラルなものは一切ないのです。

自分のパートナーの全員がそれに同意していれば、より「自由な」生き方が実現すると思えます。

 

 

 

と言った形で肯定的に捉えた上でわたしの「主張」をしていきたいと思います。

 

ポリアモリーが依るのは「良心」だけ

ポリアモリーに関する記事を読んでわたしが最初に感じたのは、それが「良心」に依るという最も危険な関係であるということです。

 

「良心」を前提にした関係だということは、関係構築に考えられうる「良心」を欠いた人が入り込めば容易に崩壊するということです。

 

ポリアモリーは「全員の同意」が前提です。

これがなければポリアモリーではありません。

 

「男女平等」という不確かな原則

そして、この「良心」の問題は「男女平等」という大原則に則っているのです。

 

この点に関して、先の専門家(?)の方もこう述べています。

不倫、浮気、複数交際……関係を持つ全員が合意の上で成り立つ“ポリアモリー”という関係。ポリアモリー研究者の深海菊絵さんは「そこに権力関係がもともとあるかないかも大きい。ポリアモリーは“男女平等の上で”というのが1つのポイントになる」と分析した。

出典:https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170701-00010001-abema-soci

 

この「男女平等」「相互に権力関係がない」という状態が非常に厄介な問題で、かなり限定的なコミュニティーでは成立しているのでしょうが今の社会が完全にそれらを実現しているとは思えません。

 

そのクリアしていないものをクリアしうるのは個人間で「男女平等」と「権力関係の消滅」を実現しうる「良心」になるのですが、社会全体で「増えている!」と煽るほどそれを実現できているのでしょうか。

 

男女平等についてはまだまだ道は長そうです。

個人間の権力関係については、例えばある家庭で「働き方を知らない家事を担当してい方と家計を全て支えていた方」(極端な例えです)という関係が成立しており、どちらかが関係の解消を迫った時にどちらが優位になるかは目に見えています。

 

ポリアモリーについて考えられうる先の危機

男女平等や個人間の権力関係の消滅が実現できていると言えない社会で、「良心」にだけ依って複数の異性と性愛関係を持つのは危険です(ここではあえて「異性」とします)。

 

1.ポリアモリーとしての関係に潜む「良心」の欠如

Aさんは都内の企業に勤める会社員だ。ある日、婚姻関係にあるBさんから「実は私はポリアモリーです」と告げられる。

Bさんは続けて「今、複数の異性と性的な関係にある」と告げる。

Aさんは当然納得がいかない。その後、2人は泥沼の争いを繰り広げることになる。

 

これは容易に想像できそうです。

「ポリアモリー」という言葉だけに踊らされてそれが規定する相手に対する「良心」を欠いた人がやりかねない。

 

今後、様々なメディアでセンセーショナルに取り上げられそうな気配を感じるので戒めとして残しておきたい。

 

ポリアモリーとして関係を築くのならば、絶対に「交際が始まる最初にそう告げるべき」なのだと。

 

更に言えば、「ポリアモリー」を盾にして不当な関係を築かれる場合もありそうです。

どちらかが経済的に他方に依存していたなら、経済的に依存している方は嫌でも相手のポリアモリー的な思考を認めざるを得ない場合も出てくるかもしれない。

 

そんなの悲劇でしかない。

 

2.子ども

 

複数の大人が性的な関係を持つということは子どもに対する責任をその大人全員で分担することになるはずです。

 

経済的なものはもちろん、何よりも親子の間にある独特の関係をも共有することになるはずです。

もちろん、事前に「子どもを作るのは特定の相手だけ」と契約書を作っておくこともあるかもしれません。

しかし、避妊していようがいまいが100%はないはずです。

 

もし今後、言葉だけに踊らされたポリアモリーが増えるのであれば、

絶対にこの問題(すでにいまの社会が抱えている問題)をより複雑にしたより悲劇的な問題が起こるのは目に見えています。

 

他にもたくさんの問題が考えられます。

それは「結婚を前提とした社会」だから起こりうる問題ではなく、

性的な関係を「良心」のみを根拠として構築する故の問題です。

わたしが「気持ち悪い」と感じたのは、まさにこの点についてなのです。

 

 

多様性は認められるべき

もしこのまま社会が「複数の異性と関係を持ち続け、それが全面的に肯定される方向」に流れ続けるのであれば、わたしは今後一切セックスしなくてもいいかなと思っています。

はきりいって不要かつ極めて気持ちの悪い「問題」に巻き込まれたくない。

そう思うのです。

 

もちろん性の問題は、LGBTQ等々のお話にも絡むものがあり極めてセンシティブなものです。

多様性は広く認められるべきです。

ただ一方で、今回取り上げたポリモアリーに限定して言えば、社会が未熟な段階では「良心」に依るしかない関係が多数を占めます。

そうなるとその関係に必要な「良心」の欠如した人間も必ず出てきます。

 

そうなることを絶対に忘れてはいけません。

 

どこかで手痛い思いをすることになるのか。

どこかで泥沼の争いに巻き込まれることになるのか。

 

個人の判断ではありますが、どうか後悔のないように。

 

 

まちかでした。ありがとうございました。

ランサーズで稼げないWEBライターは○滅しろ

こんにちは。まちかです。よろしくお願いします。

 

もうね。色々むつかしいの。

 

*********

 

タダでライターのなりかたとか稼ぎかたとか教えてくれっていうメールが多いから書く。

わたしは何もない中でライターになり、今はプロとして活動している。

WEB記事で年間数百万PVをとったし、企画から参加したWEBメディアもたくさんある。いろんな雑誌で記事も書いた。ビジネス誌の著者一覧に専用ページもあるし、出版社にわたし担当の編集さんもいる。

 

ここに来るまでにかかった時間は1年半ちょっとだ。

正確には1年7ヶ月と10日だ。

 

クラウドソーシングを使って稼げないWEBライターはただの消費者

特に多いのはランサーズやクラウドワークスなんかのクラウドソーシングサイトを利用していて「思うように稼げない」とか「もっと自由に稼ぎたい」っていうやつだ。

頭を冷やせ。

わたしはデザインとかプログラミング方向のクラウドソーシングがどういう状況なのかはわからないけど、ライターとしてクラウドソーシングを利用しているやつは消費者でしかない。

ランサーズ株式会社が作ったサイトを使ってくれたお礼に、ランサーズとクライアントの利益からちょっとのお金をもらっているだけだ。

もっと稼ぐとか自由に稼ぎたいとか寝言でしかない。

私企業が運営するクラウドソーシングというサービスは、運営会社(ランサーズ、クラウドワークスなど)がサービス手数料で儲け、仕事を頼むクライアントが業務のコストカットをする場所だ。

そもそもライターどうこうの話ではないのだ。

文字単価ライターに自由な未来はない

次に文字単価の話も多い。10人メールしてくれば8人は文字単価の話をしてくる。

そもそも文字単価はWEBライティングの目的(SEOで勝てる記事を書く)に適した考え方だ。

SEO記事は大抵が誰かを楽しませるでも、人生の金言になるでも、ずっと読みたいファンになる文章でもない。長さにきまりはないし、文章のうまさは不要だし、書き手の個性は死滅してていい。

検索で上位表示される。

それだけだ。

文字数とか関係ない。内容も関係ない。1記事にかけるコストはできるだけ減らしたい。

クライアントの「できるだけ損をしたくない」という考えが透けて見える。

それが文字単価だ。

その枠におさまって満足しているやつが「今は文字単価○円で、文字単価△円にしたい」とか言ったところで、そこから先があるようには思えない。

面白い記事、自分の個性が活きた記事、自由に書いた記事。

そういうのは文字単価で換算しない。

文字単価に囚われた文字単価ライターは「SEO対策記事」だけ延々やっていればいい。

 

自分の文章に価値があると勘違いするな

WEBライターを名乗りながら稼げない個人事業主をしているやつに限って、自分の文章に価値があると勘違いしている。

稼げないWEBライターの文章に価値なんかない。

あるのはその文章を書く時間、体。

それだけだ。

出てきた文章に価値はない。

ランサーズでライター募集しているのはだいたいがアフェリエイト系のサイトやWEBメディアを運営している奴だ。

そういう奴らはWEB界隈での経験もあるからSEO記事の書き方を知っているし、実際に成果を上げているやつも多い。

そもそもランサーズなんかでWEBライターに投げることのできる記事なんかクライアントが自分で書けるのだ。

しかしそれでは手間がかかる。だったら誰でも書けるSEO記事は書き方だけ教えて誰かに描いてもらったほうがマシだ。

稼げないWEBライターの文章に価値はない。

価値があるのは体と時間を差し出してくれることなのだ。

クソつまらない記事の作成に。

 

はっきり言えよ。「わたしには知識がありません」って

たまに酔狂でメールを返すことがある。

その時に聞くのは、「WEBで見れる記事を教えてください」だ。すると型にはまったアフェリエイト記事が帰って来る。素直に提示するだけマシだが、読む気力も失せるような駄文が並んでいる。

帰って来る記事で多いのはIT、お金(株、クレカ、投資)、医療、旅行、美容。

この辺りだ。

そしてどの記事にも専門性のかけらもない。ちょっとネット調べたら専門家の個人ブログでもっといい記事がある。

「専門分野は何ですか?」

「医療です!」

 

頭冷やせ。

お前程度の医療記事なんて誰でも書ける。専門家に失礼だ。

それで現状に不満を言うとか詐欺師かなんかなの?

はっきり言えよ。

「わたしには知識がありません」って。

 

 

何より頭を使え。

頭を使え。

思考停止するな。

「文字単価が上がりません」

クラウドソーシングは稼げません」

「WEBライターとして食べていきたいです」

 

本気で稼ぎたかったらそんな現状報告、感想文はいらないからどうやったら稼げるライターになるか考えろ。

 

同じ池の中で他のたくさんの魚にかこまれてたまに餌を見つけたら「まだまだ自分はできる」、そんな面白くない考え方捨てろ。

 

知識を付けろ。

世界を見渡せ。

何が自分の仕事につながるか考えろ。

 

自分の頭で考えることのできない奴は食いつぶされる世界なんだ。

一つの枠にとどまり続ける奴はそこで飼い殺される世界なんだ。

 

本気でライターを目指すなら安住の地はあると思うな。

常に自分を更新し続けろ。

変化のない奴の書く文章、発する情報に価値はない。

 

最後に

それでも

それでもクラウドソーシングが存在すること、WEBライターという職業があることで救われている人もいる。

それは間違いない。

そこは否定しないし、そういう側面は本当に大切だと思う。

だから言いたい。

本当に苦しい思いをして取り組む仕事はもっと自分を苦しめるんだと。

 

だから提案したい。

まずはみんなでクラウドソーシングサイトにある1文字1円以下の仕事には手をつけないようにしようじゃないか。

 

今は圧倒的にクライアント側の市場だ。当たり前だ。ランサーズにお金を出すのはクライアントだ。

サービスもクライアント側に優位に設計されている。

(「報酬10000円以上!」みたいな文字が検索結果に表示されるのなんかその典型だ)

 

もちろん、WEBライターが書いた記事が本当に1文字1円以上の価値があるかはわからない。

だけど、WEBライターが1記事を書くのにかけた時間には正当なお金が支払われるべきだ。

書くのが早い人、書くのが遅い人、両方いる。

だけど1文字1円であれば、最低レベルの人でもある程度納得のいく金額になるはずだ。

それに現状のままでは、文章が発生させるお金(成果報酬型広告や通常広告で稼げるお金)とWEBライターが受け取るお金の不均衡が甚だしい。

 

まずはクラウドソーシングサイトから1文字1円以下の案件を消滅させる。

そして最低限の生活が保障されるレベルの仕事をクラウドソーシングで受ける(もちろんそれは一日3時間で20万!とか馬鹿げた話じゃなくてもっと現実的に考えて欲しい)。

 

そうしなければ多くのWEBライターにとって成長する機会はない。

いくら知識をつけろと言っても知識をつける時間すらないのが現状なのだから。

 

このままだと永遠に「1ミリも稼げないWEBライター」という存在はなくならない。

 

もちろんクライアントも私企業や利益を得たい個人だ。

そこを納得させることは難しい(ただし。最低賃金レベルにもならない依頼が多すぎるけど)。

だったらこちら側から行動すべきだ。

 

「0.数円の仕事がなくなったら悲しむのはWEBライターだぞ!」とかいう人もいるかもしれないが、そもそも0.数円は過剰な搾取なので、そこが消えたからってライター側が仕事にあぶれることはないと確信できる。

そして仕事を選ぶことでクライアント側も報酬を上げなければならなくなる。

第2第3のランサーズも出てくるだろうが、最低報酬を固定させればいいだけだ。

 

本当に苦しかったら、まとまって行動すべきだ。

 

クラウドソーシングという仕事のモデルはとても素晴らしいと思う。

多くの人に生活への希望を生み出してくれる可能性がある。

(どっかの誰かみたいに社会インフラとか馬鹿げたことは言わない。にしなんとかさんとか)

 

 

だから変えて欲しい。

 

だから。

自分たちの力で変えるべきだ。

 

 

 

 

ありがとうございました。まちかでした。

 

※わたしが1番好きな色は緑です。赤色も好きですが4番目くらいです。

 

 

 

まちか、占い屋さんへ

こんにちは。まちかです。よろしくお願いします。

 

今日、朝から池袋に行きました。

用事を済ませて喫茶店に入って一息ついている時に、ふと、最近ずっと悩んでいた不安が頭をよぎりました。

いや。常によぎってます。

 

会社が大きくなる、新しい会社の取締役になる、とにかく何かが大きくなってる

もともと人の中心にいるとか、そういうことをしてこなかった人間です。わたしは。

どこかにいくにも人の企画に乗っかるか、はたまた1人で行くか。

自分で企画することは自分だけでやれる範囲のことばかりでした。

そっちの方が圧倒的に気楽だし、計画に無理があってもまあどうにかなります。海外旅行とかその典型で、これまで100カ国は回りましたが、人と一緒に行ったのは1度きりです。

 

しかし、独立して2年が過ぎて、気づくと個人事業主の屋号は会社に変わり、なんかわかんない間に一緒に働いてくれる人がいたり、色々あったりでちょっとずつ会社が大きくなってきました。

自分だけでやってた時は気楽だったのですが、こうなると色々責任が生まれます。

そして来週には新しい会社の代表になります。まあ共同代表なので、ちょっと安心しているところはあるのですが、怖いです。動くお金の規模があれなので、ビビってないって言ったら嘘になります。

わたしは地方の小さな家に生まれた普通のひよこです。

ピヨです。

 

でも今目の前にあるのは、普通のひよこなら見ることのない景色です。

どこで何が起こりどうしてこうなったのか。

最近、その大きすぎる謎の圧力に頭が痺れていました。

 

「池袋 占い」

気づくとスマホの検索欄に「池袋 占い」と文字が打たれていました。

次の瞬間にはgoogle mapでサンシャイン付近の占い屋さんの評価を見ていました。

 

もう抗うことのできない力に流されるままにわたしは「占いが自分を救ってくれる」「どういう結果でも先のことがわかるのは素敵じゃないか」「万が一よくないことが起こる未来でも、回避できるすべはいくらでもあるはずだ。知ってれば」

「そういえば歴史上の偉人たちも占い師をメンターにしてた人が多いしな」

 

という自己肯定が始まっていました。

大きすぎる不安の前に人間は無力なのです。

 

占い屋さん

意を決して占い屋さんの前に来ました。

評価が一番高かったところです。

普段はあらゆるものを否定し、人の意見より自分の直感

そういう風にやって来たのに

ここに来て占いに希望を見出し、その占い屋さんの選択にはどこの誰ともわからん人の適当な口コミにすがっている自分がいたのです。

 

わたしはまちか。

しかし。

ここで踏みとどまりました。

そうさせてくれたのは、ここまで運んでくれた名前も知らない人たちの口コミです。

 

 

Aさん ★★★★

「親身になって悩みの相談に乗ってくれます!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「親身になって悩みの相談に乗ってくれます!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「親身になって悩みの相談に乗ってくれます!」

 

 

 

 

 

おい!

悩みの相談じゃねーよ!!

 

将来何が起こるのか教えろよ!!

 

そういえば、熊本で占い師やってる友達が言っていました。

「占いってカウンセリングだよ。まあ最初は厳しく言ったりするけど、最後はわかってる。大丈夫に持ってくから」

 

いや。そうだよね。資本主義の社会ではあらゆるものはその特性を抽出しそれに必要とされる最大の特性だけを残して行くのが効率的にお金集めれるからね。

将来を見通すことが明らかに不確かな以上、残るのは「安心を与える」って部分だよね。

逆にさ、そういう「安心を与える」っていう占いが一般的になってしまって、みんながそれに気づきだした頃には

細木数子とか「本音で言うわよ覚悟して」の「母」系占い師が流行ったよね。

そうだよね。

 

うん。

 

だいたいさ。恋愛占い多過ぎ

だいたいさ。わたしが入ろうとしてしまった場所は人気の占い屋さんだったみたいだけど、並んでいるのは若〜い娘さんばっかり!

みんなキラキラしてるよ。

 

「悩んでるけど、それが楽しい!」みたいな恋に恋した顔しやがって。けん!

わたしは本気で悩んでるんだぞ!

仕事がうまく行くのかどうか。

 

そんな悩みをぶつけることのできる場所じゃないのは明らかじゃないか!

どうしたんだよ!自分!

 

だいたいなんだ!

キラキラ女子が並んでいるところに一緒に並んで、いざ自分の番が来たら

「あの…まちかと言います。仕事がうまく行くかおしえてください…」とか

ちょっと暗めに言うのかよ!

 

あ!?

 

なんだよ、在籍してる占い師の名前は

シェ○ーとかマーガ○ットとかマドレーヌ○子とかだぞ!

お前が「あの…」とか言って、「資金の調達は間に合うので当面のお金の問題はないんですが、継続性はどうですか?」とか言う相手が

金髪のカツラかぶったマドレーヌ○子かもしれないんだぞ!!

 

タロットカードくるくるされだして「1枚引いてください」とか参加を強要される可能性もあるんだぞ!

頬染めながら「じゃ…これで」とか引くのかよ?

あ!?

 

それで引いたカード次第では、周りも「ちょっとあの人!」「まぁすごい!」

とかなるかもしれないんだぞ。

 

 

そんなの耐えられるかよ!!

 

 

とか思って素直におうちに帰って来ました。

 

相談にはふさわしい相手がいるはず

何事も適材適所でやってるわけだよね。

だったらそう言う相談がふさわしい人もたくさんいるわけだよね。

あらゆることで1人の人の声しか聞こえなくなったらおしまいだと思うんだよ。

必要な部分は必要な人に。

そうありたいよね。

 

 

 

あれ?(プr…)

 

ん?(プロブ…)

 

まあいいか。

 

 

ありがとうございました。まちかでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

某プロブロガー氏まわりのこと

こんにちは。まちかです。よろしくお願いします。

 

とんでもない火の粉を被りそうだから色々注意したいけど、

詐欺まがいの情報商材屋さんが姿を変えただけのビジネスモデルの怖さを知って欲しいのと界隈に興味があるのでちょっとづつ書きます。

 

 

サロン系自称プロブロガー人生哲学下衆真面目ちゃさん(長いので、以降「サロンちゃさん」にします)まわりの色々な情報です。

現在、サロンちゃさんは某プロフィールの自己顕示欲爆発サロン系自称無職さん(長いので以降、Rとします)と組んでサロンを運営しています。

新しく開催されたサロンは「すでに取り込んであった信者からのさらなる巻き上げ」であることは間違いないか?

証言

  • Rとビジネス経験のある方→加入後脱退

「明確なビジネススキルなどに関する話はなく、大学の延長的なノリ。元からいる知り合いの集まりで具体的な活動はなく、伸び白も感じなかった」

  • サロンちゃさんのセミナーに参加したことのある方

「サロン立ち上げの際にリマインドが来て、『これからの時代はこれです!』との煽りが激しかった。正直言って直接あった時にも魅力的ではなかったのでお断りを入れた」

 

この辺の証言は証言者さんとのやりとり含め全部載せたいところですが、

タイミングや本人身バレの危険性もあるので色々隠しながら考慮して小出しにしていきます。他にも多数寄せられています。

 

サロン募集状況

6月14日現在。

6月5日時点での募集状況と変わらず。29/50

残り21人。

f:id:macska23:20170614163937p:plain

▲画像はサロンちゃさんのブログ内から飛べる場所からです。わからなかったら聞いてください。教えます。
荒っぽい考察
  1. 50人分の購入欄が二つ用意されているが、画像以外のもう一つは5日時点で完売だった。おそらくリマインドメール等々による集客で埋まったと考えられる。信者ビジネスしゅぎょいね(^q^)
  2. ただし、初期の50人の中に入っていた人物からの脱退報告も上がっているので、実際に稼働しているのが何人かきになるところ。
  3. 画像の方は5日時点と変化なし。残り21人の募集。新たな信者獲得に苦戦している模様。

 

ちなみにラインメルマガ

 

■本文:300文字

※「これからは○○○○○○○ーーーーーー!」等の中身のないテキストも大いに含む

■サロンへの入会誘導:同じく

 

R、ある日のメルマガにて紹介している本。

 ※色々考慮してリンクを外しました。(2017年6月14日 17:27)

  • 定価約3000円のビジネス系書籍
  • アメリカの本を翻訳したもの(らしい)
  • 出版社はそっち方面(情報ビジネス)で有名なところ

うん。そうだよね。そうだよ。そう。

別に本を紹介することが悪いとか、この本が悪いとか、そういうのを言ってるんじゃない。

ただビジネスモデル的には全く同じだよね。

そういうことを言いたかったりするの。

 

ちなみに、次回予告

続報も何もないハイパーリバ邸。

ブロガーたちの「優しさ溢れる様子」「人と人との繋がり」「誰でもおいでよ!」という言葉を信じた人たちの現在とは。

 

本当に困って最後にハイパーリバ邸を頼った人が

ハイパーリバ邸側(サロンちゃさん在住)から、「ブログは?」と突きかえされる事態が発生しているようです。

 

「第3の居場所を作ります!」との理念はどこへ?

 

その辺りも取材進めてます。

 

 

ありがとうございました。まちかでした。

 

 

 

 

【悲報】まじまじパーティーの女さん、我慢の限界

こんばんは。まちかです。よろしくお願いします。

 

 

あのね。

まじまじパーティーのあんちゃさん。

とってもすごいの。

信者は強固なの。 

まじまじパーティーの女さん、フォロワー20人のまちかを無視できなかった

今日気づいたら、まじまじパーティーさんにtwitterブロックされてましたにゃ。

まだフォローもしてなかったのに…。キャナしいの…><!

SNS苦手で全然影響力もないのに…。キャナしいの…><!

 

わたしにも「アソビまくる人生!」を楽しませて欲しいの!!

 

(笑)

 

まじまじパーティーさんも最初はそうじゃなかったはずなの。

界隈と深い仲になってから、あっという間に堕ちていくさまがちょっとだけ涙を誘うよね。

 

そして、「界隈」にいる人たちの相変わらずの耐性のなさはインターネッツにどっぷり浸かってた身としてはとっても微笑ましいの。

 

VALU関連で本当にアホさ加減を露呈して、真面目にビジネスしてるネットの切れ者さんたちに刺されたのが痛かったみたいなの。

 

cslbook.com

 

mecchanikukyu.hatenablog.com

 

わたしは頭ゆるゆるなので、VALUとか意味不明なのだけど

 

人生哲学(笑)女ブロガーさんの「ありがとうをTwitterで返します」の画像を見たときには正直震えがきました。

 

「おわ!このお方、冗談抜きで本当に頭ゆるゆるやでぇ…」てな感じです。

 

なんかいいぞー^^

 

 

顔出しブログっていうとっても怖いインターネッツ

あ、そうだ。

ツイッターってブロックされてもあんまり意味ないのね(物理)。

その辺りはみなさんの方が詳しいと思うけども。

もう文字通り筒抜けなの(物理)。

そして相変わらず、ネット上の他のオープンソースにもアクセスし放題なの。ましてや顔出しで炎上を仕掛けるような愚行をしている人は、もう個人情報だの何だの大変なことになってるの。

別にまちかはそれで何かをするってわけじゃないけど、今盛り上がってる「VALU」とかしっかりしないと「ありがとう」だけじゃ、自称プロブロガー界隈は「詐欺師の集まり」みたいになってるからね。

プライベートを切り売りしている顔出しブロガーさんが心配なの。

だいたい顔出しでストレス溜めながら蔑まれる記事書いて、たかだか月々数万〜数十万円のお金をもらうとかはっきり言って狂気の沙汰なの。

とっても怖いインターネッツなの。

良い子のみんなは絶対に真似しちゃダメなの。まちかとのお約束なの。

 

VALU関連の失敗はでかい

はっきりとわかるよね。

VALU関連の失敗はでかいって。

 

信者さんの中にも離反者が出てきてるの。

これはきけるよね。わかるよ。

 

銭ゲバたちはどうして目先にあるちょっとの利益に飛びつこうとして大きなものを失うのかな。

「お金は信用を具現化したもの」 byまじまじパーティーさん

ビジネス書に書かれた誰かの言葉を理解する力もなかったようなの。

文字通りのリテラシーの無さって悲しいの。

 

顔出し炎上サロン系ブロガーという生き物

顔出し炎上サロン系ブロガーという生き物はね。

生きていくだけでかなり貴重なリソースを食いつぶし続けるの。

それはネットの世界にいるリテラシー低めの人たちなの。

その層はある程度。うん。世の中から完全にいなくなることはないけど、複数の銭ゲバで取り合うには少なすぎる数なの。

そんでもって、今回みたいな触れちゃいけない騒ぎがあれば、ネット上には顔出しさんたちの悪行が蓄積されていくの。

そうなると、餌を捕るのは一苦労になっていくはずなの。

いろんなレベルでいろんな人がプロブロガーの悪事を書いてるから、さすがにどっかにひっかかって欲しいの。わたしもその一端を担うの。そういう気持ちよ。

 

ちなみに自称プロブロガーたちに食われてる餌さんはこの本を読んでお勉強してね。

 

 

 

 

 

ありがとうございました。まちかでした。

 

**お知らせ**

 

自称プロブロガーの方に関する情報は随時おまちしております。

macska.karasuma@gmail.com

までご連絡ください!

必要があれば取材にも行きます。

よろピコ!

 

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